今回は、結婚を諦めた男性と、婚活に悩む女性の赤裸々な対談をお届けする。登場するのは、39歳の会社員・ケンジと、33歳の会社員・アヤコ。二人はかつて同じ職場で働いていた元同僚だ。久しぶりの再会で、お互いの恋愛観について本音でぶつかり合ってもらった。
ケンジ「久しぶりだね、アヤコ。相変わらず綺麗だね」
アヤコ「お世辞はいいから。それより、あなた結婚したって聞いてたのに、まだ独身なの?」
ケンジ「ああ、結局しなかったよ。というか、もう諦めた」
アヤコ「諦めたって、39歳でしょ?まだ全然いけるじゃない」
ケンジ「女性はそう言うけどさ、男にも見えない壁があるんだよ」
男が語る「結婚を諦める瞬間」
アヤコ「見えない壁って何?男性って出産のタイムリミットないから、いつでも結婚できるんじゃないの?」
ケンジ「それが違うんだよね。確かに生物学的な限界はないかもしれないけど、精神的な限界は確実にある。俺は33歳くらいの時に最初の壁を感じたんだ。周りの結婚ラッシュが終わって、合コンの誘いも激減。それまでは何となく『そのうち結婚するだろう』って思ってたんだけど、急に現実が見えてきた」
アヤコ「33歳なんてまだ若いじゃない」
ケンジ「でもさ、そこから出会って、付き合って、結婚までって考えると、最低でも3年はかかるでしょ?そうすると36歳。子供が生まれて成人する頃には56歳以上だよ。その時の自分の体力とか、親の介護とか、色々考え始めちゃって」
アヤコ「計算しすぎじゃない?」
ケンジ「計算するのが男なんだよ。俺たちは『責任を取る』ことを前提に結婚を考えるから。そして38歳の時、完全に諦めが固まった。これが第二の壁。今更他人と生活を合わせるために自分を変える気力が残ってなかったんだ」
経済的プレッシャーという重い現実
アヤコ「でも、ケンジって大手企業勤めで安定してるじゃない。お金の心配はないでしょ?」
ケンジ「それがさ、手取りで月35万くらいなんだけど、これで家族を養うって考えると全然足りないって思っちゃうんだよ。一人なら趣味のゴルフも行けるし、年に2回は海外旅行も行ける。でも結婚して子供ができたら、全部諦めなきゃいけない」
アヤコ「共働きすればいいじゃない。今どき専業主婦なんて少数派なんだから」
ケンジ「頭ではわかってるよ。でも、やっぱり心のどこかで『男が稼がなきゃ』っていう重圧がある。それに、君だって子供が熱出した時、『パパ、会社休んで』って簡単に言えるかな?結局、母親が仕事を調整する場面が多くなるし、そうなると妻の収入は不安定になる。だから俺が大黒柱にならざるを得ないっていう構図は変わらないんだよ」
アヤコ「それは考えすぎ。私だって正社員で働き続けるつもりだし」
ケンジ「でもさ、アヤコは年収どれくらい?」
アヤコ「……380万くらいかな」
ケンジ「俺は480万。足して860万。そこから税金引かれて、家賃か住宅ローン払って、子供の教育費考えたら……カツカツじゃない?しかも、妻が産休育休取ったら収入減るし。そういう計算を男はずっとしてるんだよ」
女性が知らない婚活市場の残酷さ
アヤコ「でも婚活すればいいじゃない。マッチングアプリとか」
ケンジ「やったよ、2年くらい。でもね、アプリって本当に残酷なんだ。女性は『いいね』が山ほど来るから実感ないかもしれないけど、男は全然マッチングしない。俺、月に10人くらい『いいね』送って、返ってくるのゼロとか普通だった」
アヤコ「え、でもケンジって見た目も悪くないし、年収も普通以上じゃない」
ケンジ「それが通用しないんだよ。身長は172センチだから、175センチ以上を希望する女性には即アウト。年収は400万円台だから、600万以上希望には引っかからない。年齢も38歳の時点で、35歳までを希望する女性には見向きもされない。数値で切り捨てられるのって、本当に心が折れるんだ」
アヤコ「でも女性だって年齢で切り捨てられるよ。私なんて33歳ってだけで、『若い子がいい』って言われたことあるもん」
ケンジ「そうだね、お互い様なんだろうけどさ。でも俺が疲れたのは、会えた数少ない女性からの『品定め』の視線なんだ。まるで商品を選ぶみたいに、『年収は?』『車は持ってる?』『親と同居の可能性は?』って矢継ぎ早に聞かれて。俺は人間なのに、スペックでしか見られてないって痛感した」
女が反論する「男の甘え」
アヤコ「でもさ、それって女性も同じだよ。私たちだって『若さ』『見た目』『家事スキル』で値踏みされてるんだから。『料理できる?』『掃除得意?』『子供好き?』って、まるで家政婦兼出産マシーン扱いされることもある」
ケンジ「それは申し訳ないと思うけど……」
アヤコ「いや、申し訳ないじゃなくて、聞いてよ。男性は『経済的プレッシャー』って言うけど、女性には『時間的プレッシャー』があるの。出産のタイムリミットは本当にあるの。33歳の私にとって、38歳で『まだ考えてる』なんて男性は、はっきり言って対象外なのよ」
ケンジ「それはそうかもしれないけど」
アヤコ「男性は『自分の生活水準を下げたくない』って言うけど、女性だって同じ。私だって趣味のヨガやエステ、友達との食事を楽しんでる。でも結婚したら、そういうの全部後回しにして、家事育児に時間取られるでしょ?なのに男性は『俺の自由がなくなる』ってばかり主張する。女性の自由はどこ行ったの?」
ケンジ「いや、だから共働きで分担すればいいって……」
アヤコ「分担って言っても、現実には女性の負担が多いじゃない。『手伝う』って表現する男性いるけど、それ自体がおかしいの。家事育児は夫婦の共同責任なのに、『手伝う』って何様のつもり?そういう意識の男性と結婚するくらいなら、私も一人の方がマシだって思うことあるよ」
離婚リスクへの恐怖と女性の不信感
ケンジ「でもさ、俺の友達で離婚した奴がいるんだけど、養育費で月8万払い続けてるんだよ。子供には会えないのに金だけ払うって、本当に辛そうで。結婚って、もし失敗した時のリスクが大きすぎるって思っちゃうんだ」
アヤコ「じゃあ離婚しなければいいじゃない。最初から腰が引けてる男性と結婚したくないわ。女性だってリスク背負ってるの。出産で体型崩れるし、キャリア中断するし、最悪DV受けたり不倫されたりする可能性もある。離婚になったら、シングルマザーとして子供育てる苦労は男性の比じゃないんだから」
ケンジ「それは確かにそうだけど……でも、最初から『別れる可能性』を考えちゃうのが男なんだよ。結婚って契約でもあるから、契約が破綻した時のことを考えるのは普通じゃない?」
アヤコ「普通じゃないよ。それって結婚を『投資』とか『リスク管理』でしか見てないってことでしょ?愛とか信頼はどこ行ったの?そういう計算高い考え方してるから、結婚できないんじゃない?」
ケンジ「でも現実問題として……」
アヤコ「現実、現実って、あなたたち男性は現実ばかり見すぎて、感情を軽視してるのよ。私たちが求めてるのは、完璧なスペックの男性じゃなくて、一緒にいて安心できる人なの。でも、あなたみたいに『損得勘定』ばかりしてる人とは、そもそも心が通じ合わないじゃない」
男たちの新しい幸福論
ケンジ「まあ、怒らないで聞いてよ。俺が言いたいのは、結婚を諦めたからって不幸じゃないってこと。今、趣味のゴルフに全力投資してるし、月に2回は仲間と飲みに行く。休日は好きな時間に起きて、好きなものを食べて、誰にも文句言われない。これって結構幸せなんだよ」
アヤコ「それって逃げてるだけじゃないの?」
ケンジ「逃げじゃないよ。選択だよ。俺は45歳になったら、本格的にゴルフのレッスンプロ目指そうと思ってる。独身だからこそできる選択だし、誰にも迷惑かけてない。結婚して家族を不幸にするより、一人で自分の人生を全うする方が、よっぽど責任ある選択だと思うんだけど」
アヤコ「確かに、無理して結婚して不幸になるよりは……でも、本当にそれで老後は大丈夫なの?」
ケンジ「老後ね。正直、不安がないわけじゃない。でも、結婚してても孤独な老後を送る人はいるし、妻や子供に疎まれて介護施設に入れられる人もいる。だったら今、自分がやりたいことを全力でやった方が、後悔しないんじゃないかって思うんだ」
女性が抱える孤独と焦り
アヤコ「男性はそれでいいかもしれないけど、女性には時間制限があるの。私は今33歳。36歳までには結婚して、37歳か38歳で第一子出産したい。二人目も欲しいから、40歳までには産み終えたい。この計算すると、もう時間がないの」
ケンジ「それは理解してるよ。でも、だからって焦って誰でもいいから結婚するわけにもいかないでしょ?」
アヤコ「誰でもいいなんて思ってないわよ。でも、男性は『まだ時間がある』って悠長に構えてるから、女性の焦りが理解できないのよ。私の友達で40歳で婚活してる子がいるけど、もう本当に必死なの。でも男性からは『年齢が……』って敬遠される。女性の価値が年齢で測られる社会って、本当に残酷だと思わない?」
ケンジ「それは確かに残酷だと思う。でも、男性だって年収や身長で測られてるし、お互い様な部分もあるんじゃないかな」
アヤコ「お互い様じゃないわよ。男性は年を取っても結婚できるけど、女性はどんどん選択肢が狭まるの。しかも、男性は『若い女性がいい』って言うけど、若い女性からしたら40代の男性なんて対象外なの。結局、男性が求める条件と、女性が求める条件がズレてるから、みんな結婚できないのよ」
条件ではなく相性で選ぶべきなのか
ケンジ「じゃあ、どうすればいいと思う?」
アヤコ「条件じゃなくて、相性で選ぶしかないと思う。年収が高くても一緒にいて疲れる人より、年収は普通でも一緒にいて楽な人の方がいいって、最近気づいたの」
ケンジ「それは俺も同感。婚活アプリで条件検索してた時は、全然マッチングしなかったけど、趣味のゴルフ仲間の女性とは、年収とか身長とか関係なく楽しく話せるんだよね」
アヤコ「でしょ?だから、婚活市場から離れて、自然な出会いを求めた方がいいのかもしれない」
ケンジ「でも、38歳の俺が今から『自然な出会い』って、現実的かな?職場にも独身女性いないし、趣味の場も男ばかりだし」
アヤコ「それは私も同じ。33歳で新しい出会いなんて、ほとんどないもん。だから婚活してるんだけど、婚活すればするほど疲れていく……この悪循環をどう抜け出せばいいのか、本当にわからない」
本当に結婚は必要なのか
ケンジ「もしかしてさ、俺たちって『結婚しなきゃいけない』っていう呪縛に囚われてるだけなんじゃない?本当は結婚なんてしなくても幸せになれるのに、社会が『結婚が幸せの形』って押し付けてるだけで」
アヤコ「それも一理あるけど、でも私は本当に子供が欲しいの。子供を育てるためには、やっぱり結婚が一番安定した形だと思うし」
ケンジ「子供が欲しいっていう気持ちは尊重するよ。でも、俺は正直、子供が欲しいって気持ちがそこまで強くないんだ。だから結婚に対するモチベーションも低いのかもしれない」
アヤコ「男性ってそういう人多いよね。子供に対する責任感は口では言うけど、本当に子供が欲しいわけじゃない人が多い気がする」
ケンジ「それは決めつけすぎじゃない?子供好きな男性だっているよ。ただ、俺の場合は、自分の人生で精一杯で、子供の人生まで責任持てる自信がないんだ。中途半端な気持ちで親になるより、諦めた方が子供のためにもいいと思って」
アヤコ「それって、結局自分可愛さじゃない?」
ケンジ「そうかもね。でも、偽善的に『子供のため』って言って結婚して、実際には面倒見ないでスマホばかり見てる父親になるより、正直に『自分には無理』って認める方が、誠実だと思うんだけど」
それでも諦めきれない想い
アヤコ「……正直に言うと、私も時々思うの。このまま一人で生きていく方が楽なんじゃないかって。結婚して、義実家との付き合いとか、夫の世話とか、子育てとか、考えるだけで疲れるもん」
ケンジ「そうだよね。俺も時々、『もし運命の人が現れたら』って妄想することあるよ。でも、現実にはそんな人現れないし、諦めたはずなのに、心のどこかで期待してる自分がいて、それが苦しい」
アヤコ「私もそう。婚活アプリ消したのに、何度も再インストールしちゃう。で、また傷ついて消して……の繰り返し。もう本当に疲れた」
ケンジ「諦めようと思っても、完全には諦めきれないんだよね。特に、同僚が『子供が生まれた』って報告してる時とか、ちょっと羨ましくなる」
アヤコ「わかる。友達の結婚式とか、もう行きたくない。幸せそうな姿見ると、素直に祝福できない自分がいて、そんな自分が嫌になる」
ケンジ「でもさ、その友達も5年後に離婚してるかもしれないよ?」
アヤコ「それ、性格悪いから。でも……ちょっとそう思っちゃう自分もいる。本当、最低だよね」
対談を終えて、見えてきたもの
ケンジ「今日、久しぶりに本音で話せて良かったよ。やっぱり男と女って、見てる景色が全然違うんだなって」
アヤコ「そうね。あなたの立場も少し理解できた気がする。男性にも男性なりの苦しみがあるのね」
ケンジ「アヤコの焦りも理解できたよ。時間制限がある中での婚活って、本当にプレッシャーだよね」
アヤコ「でも、結局答えは出ないままね。私たちどうすればいいんだろう」
ケンジ「答えなんてないのかもね。ただ、一つだけ言えるのは、『世間の常識』とか『こうあるべき』に縛られすぎない方がいいってこと。結婚が全てじゃないし、独身が負け組でもない」
アヤコ「それはそうだけど……やっぱり私は結婚したい。諦めたくない」
ケンジ「それならアヤコは諦めなければいい。俺は俺の道を行く。それぞれが自分の幸せを追求すればいいんじゃないかな」
アヤコ「そうね。でも、もし運命の人が現れたら、あなたも結婚するかもね」
ケンジ「そうだね、もしかしたら。でも、その『もしかしたら』に期待するのは、もうやめたんだ」
客観的に見た場合、どちらが正しいのか
この対談から見えてくるのは、男女双方に正当な言い分があり、どちらか一方が正しいという単純な問題ではないということだ。
男性の主張の正当性は、経済的現実と自己防衛本能にある。現代の日本で家族を養うことの経済的困難さは統計的事実であり、離婚率の高さを考えれば結婚をリスクと捉えることも合理的判断だ。また、個人の自由と幸福を追求する権利は、誰にでもある。
一方、女性の主張の正当性は、生物学的タイムリミットという変えようのない現実と、社会構造の不平等にある。出産可能年齢には限界があり、この焦りは男性には理解しがたい。また、家事育児の負担が依然として女性に偏っている現実も、統計が示している。
結論として言えるのは、現代の結婚制度と社会構造そのものが、個人の多様な生き方に対応しきれていないということだ。男性が感じる経済的プレッシャーも、女性が感じる時間的プレッシャーも、どちらも社会が作り出した構造的問題の表れなのだ。
重要なのは、相手を責めることではなく、自分にとって本当に大切なものは何かを見極めることだ。結婚が絶対的な幸せの形ではないし、独身が負け組でもない。条件やスペックではなく、一緒にいて心地よい相手を見つけられるかどうか。そして、見つからなければ一人の人生を充実させる選択も、等しく尊重されるべきだ。
ケンジとアヤコの対談は、正解のない問いに向き合う現代人の姿そのものなのかもしれない。
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