「ねえ、ちょっと聞いてくれる?」
カフェでアイスコーヒーを片手に、私は向かいに座る幼馴染の健太に話しかけた。昨日、彼氏と喧嘩して、それからなんだか彼がよそよそしいのだ。LINEも素っ気ないし、電話しても「うん」「そうだね」ばっかり。
「また喧嘩したの?」健太は呆れたように笑う。
「笑わないでよ。私、何か悪いことしたかなって不安で」
「あー、それね。男からすると、その不安がそもそもの原因だったりするんだよな」
「え、どういうこと?」
健太はストローでカラカラと氷を回しながら、ゆっくりと話し始めた。
「俺たち男ってさ、喧嘩のあとすぐに切り替えられないんだよ。頭の中でずっと喧嘩のことがグルグル回ってて、何を言っても上手く言葉にできない。だから黙るしかないわけ」
「でも、黙られるとこっちは『嫌われたのかな』って思うじゃん」
「それは分かるよ。でもな、俺たちからすると、黙ってる時間は関係を壊さないための努力なんだよ。興奮したまま話したら、絶対にもっとひどいこと言っちゃうから」
私は少し考え込んだ。確かに、彼氏が冷静じゃない時に話しかけて、余計に喧嘩がエスカレートしたことは何度かある。
「でもさ、それならそう言ってくれればいいじゃん。『今は話したくない』って一言言ってくれれば、こっちも待てるのに」
健太は苦笑いした。
「それが言えたら苦労しないんだよ。『話したくない』って言った瞬間に『なんで?私のこと嫌いなの?』って詰められるの、目に見えてるからさ」
「うっ……」
図星だった。私、確かにそういうこと言いがちだ。
「女の人ってさ、喧嘩のあとすぐに仲直りしたがるじゃん?謝って、ハグして、『もう怒ってないよね?』って確認したがる。でも男は違うんだよ。一回傷ついたプライドは、そう簡単には回復しないの」
「プライドって……そんなに大事?」
「大事だよ。俺たちにとっては、彼女に認められてるって感覚がすごく重要なんだ。喧嘩で否定されると、自分の存在価値まで揺らぐ気がするんだよ」
私はため息をついた。正直、男の人がそこまで繊細だとは思っていなかった。
「でもね、健太。女だって傷ついてるんだよ。喧嘩のあとによそよそしくされると、まるで自分が悪者みたいな気持ちになる。『私のこと、もう好きじゃないのかな』『別れたいのかな』って、ずっと不安でいっぱいになるの」
「それは分かるけど……」
「分かってないよ」私は少し強い口調で言った。「男の人は『一人になりたい』って思うかもしれないけど、女はその間ずっと苦しんでるの。あなたたちが感情を整理してる間、私たちは最悪のシナリオばっかり想像して、眠れない夜を過ごしてるんだよ」
健太は黙った。
「ねえ、私の友達の話聞いて。彼女、彼氏と喧嘩したあと、三日間既読スルーされたの。三日だよ?その間、彼女は何度も泣いて、『もう終わりかもしれない』って落ち込んで、仕事も手につかなかった。でも彼氏に理由を聞いたら『冷静になる時間が欲しかった』だって。たった一言、『少し時間をちょうだい』って送るだけで、彼女はあんなに苦しまなくて済んだのに」
「……確かにな」
「男の人の『距離を置きたい』って気持ちは分かるよ。でもね、それを何も言わずにやられると、女はすごく傷つくの。『察してくれ』って思うかもしれないけど、私たちはエスパーじゃないから」
健太はコーヒーを一口飲んで、少し考えてから言った。
「でもさ、女の人だって『察してくれ』って思ってること多くない?『なんで分かってくれないの』って怒られること、しょっちゅうあるんだけど」
「それは……まあ、あるかも」
「結局さ、お互い様なんだよ。男は言葉にするのが苦手で、女は相手の沈黙に耐えられない。どっちが悪いとかじゃなくて、単純にコミュニケーションの仕方が違うだけなんだと思う」
私は頷いた。少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。
「ねえ、健太。じゃあどうすればいいと思う?」
「俺が思うにはさ、まず喧嘩のあとのルールを決めておくのがいいんじゃないかな。『クールダウンの時間は最大何時間まで』とか『その間は連絡しなくていいけど、必ず自分から連絡する』とか」
「なるほど……」
「あと、喧嘩の仕方自体を変えるのも大事かも。相手の人格を否定するような言い方はしないとか、過去のことを持ち出さないとか」
「私、つい過去のこと言っちゃうんだよね……『前もそうだったじゃん』って」
「それ、男からすると一番キツいんだよ。『また蒸し返された』って思うと、もう何も言いたくなくなる」
私は反省した。確かに、彼氏によそよそしくされる原因の一部は、私にもあるのかもしれない。
「でもさ」健太が続けた。「女の人の気持ちも分かるようになったよ、今日の話で。俺たち男がもう少し自分の気持ちを言葉にする努力をしたら、女の人もあんなに不安にならなくて済むのかもな」
「そうそう、それだよ。完璧な言葉じゃなくていいから、『今は上手く話せない』って一言言ってくれるだけで全然違うの」
「分かった。俺も次に彼女と喧嘩したら、ちゃんと伝えるようにするよ」
私たちはお互いに笑った。男と女、考え方は違うけれど、こうやって話し合えば分かり合えることもある。
「ねえ、もう一つ聞いていい?男の人って、喧嘩のあとに彼女から歩み寄られるの、嬉しい?それともウザい?」
「タイミングによるかな。まだイライラしてる時に来られると正直しんどい。でも、少し落ち着いてきた頃に『コーヒー買ってきたよ』とか言われると、すごく救われる」
「へえ、そうなんだ」
「言葉で謝るより、行動で示してくれる方が受け取りやすいんだよな、男は。『ごめんね』って何度も言われるより、黙って隣に座ってくれる方が嬉しかったりする」
「女は逆かも。ちゃんと言葉で『ごめん』って言ってほしいし、『好きだよ』って確認したい」
「本当に違うんだな、男と女って」
「うん。でも、こうやって違いを知れただけでも、今日は来てよかった」
私はスマホを取り出した。彼氏にLINEを送ろうと思ったけど、健太の言葉を思い出してやめた。今夜は連絡せずに、明日の夕方、彼の好きなコンビニスイーツを持って会いに行こう。言葉より行動で。
「ありがとね、健太」
「どういたしまして。まあ、俺も勉強になったよ」
カフェを出ると、夕暮れの空がきれいだった。喧嘩は嫌だけど、こうやってお互いを理解しようとする時間は、きっと無駄じゃない。
結論として、どちらが正しいかと問われれば、正直なところ「どちらも正しい」というのが答えだと思う。男性が感情を整理するために距離を置きたいという気持ちは本物だし、女性がその沈黙に不安を感じるのも当然の反応だ。問題は「正しいかどうか」ではなく、「どうすればお互いが傷つかずに済むか」を考えることにある。男性はできる限り自分の状態を言葉にする努力を、女性は相手の沈黙を拒絶と受け取らない寛容さを持つこと。完璧じゃなくていい。ほんの少しだけ、相手の立場に立ってみる。それだけで、喧嘩のあとの冷たい空気は、ずっと早く温かくなるはずだ。
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